前田利家の「計算高き横顔」
ファイナンス
蓄財と節約で前田家の存亡を救った前田利家。その優れた経済感覚を橋場日月氏が解説。
窮地に立たされた時、一か八かの決断を迫られた時、存亡の危機に直面した時......鋭い才覚を発揮し、見事に難局を切り抜けた戦国武将がいた。今回は前田利家のエピソードをご紹介する。 【写真】前田利家が城主を務めた金沢城
天正12年(1584)9月、加賀の前田利家は重大な危機に見舞われた。越中の佐々成政が利家方の能登末森城を包囲したのである。佐々軍15000に対し、城兵はわずか1500。利家は「夢にもご存じなし」(『加越登記』)と油断していた上、金沢城から出撃可能な兵も2500しかいなかった。 途方に暮れる利家のもとに正室・おまつが現れ、重たい袋をドサリと置いて言い放つ。「日頃から『無駄な人件費は抑えるように』と申しておりましたのに聞き入れられず貯め込んでいたこの金子で槍を持たせて戦わせなさいませ」。袋の中身は彼が蓄えた金銀だった。 妻に詰め寄られた利家は開き直って2500の兵で出陣。捨て身の覚悟が見事功を奏し佐々軍撃破に成功する(『川角太閤記』等)。 「槍の又左」として武勇で名高い一方、「陣中そろばん」と呼ばれる算盤(当時の価値で20億円超)や農民42人への代官職委任など倹約エピソードも豊富だ。朝鮮出兵では懐中算盤で兵糧計算を行い、米流通ルート開拓や臨終時の融資帳消し作戦(78大名へ総額500枚以上の貸付)など、「経済感覚」こそ最大の武器だった。
